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芸とは諦めること:アダチ龍光さんのこと

「タネも仕掛けもございません〜昭和の奇術師たち〜」 (著:藤山新太郎 / 角川選書)の第3章は、さぁさぁ、お待ちかねの龍光さんを追った「『芸とは諦めること』トークマジックの名人、アダチ龍光」であります。

その人生のだいたいのストーリーは理解しているつもりでしたが、イヤイヤイヤイヤしかししかし。全っ然何が違うって、同じストーリーを描くのでも、藤山新太郎氏は、龍光のそばで芸を直接見て、龍光の言葉を直に聞いて、龍光と直に話をした同じプロの芸人です。話の肉付きが違うのです。
何度も書いている気がしますが、これはアダチ龍光バイオの決定版であります。

ここで語られていることの三分の一程でしょうか、光栄なことに私は録音カセットが回る中、藤山氏が編集者とともに龍光について語る現場に同席をさせていただいておりました。(誤解を招くといけません。カセットは会話の記録用に録音されたもので、この本は紛れもなく藤山氏の著作です)

若き日の藤山氏に、龍光の芸の秘訣をたずねられ「諦めることだよ」と答えた龍光。さぁこれから頑張ろうと鼻息荒い若者に「諦めろ」とはあまりにも肩透かしな答え。

確か何かで、龍光が時に演技に失敗した時には「ま、そんな時もあるの」とスルっと次の演技に移っていったエピソードを読んだことがあります。それから数十年経ち、藤山氏は「芸とは諦めること」の意味をはっきりと定義しています。

また、その話芸のコツをたずねられ、「余計なことをいわないことだ」と答えたと言います。確かに龍光の舞台では、つなぎの「エー」や「アー」も無ければ、冒頭の「ようこそいらっしゃいました」や「ごゆっくりお楽しみください」なんて言葉も極力排除されています。演技の途中で言葉に詰まった時も、じーっとお客さんを見渡しながらにやにやしながら黙っている。そしてそこから、客席にクスクスという笑いが起こって。。。気がついたら大爆笑! 実に龍光さんの舞台らしい1シーンです。

この本の中でどこまで記されるのだろうかと興味深かった、奇術協会分裂騒動の詳細や、松旭斎天洋、その弟子の引田天功との軋轢も具体的に描かれています。個人的には、この昭和の奇術師を代表する龍光と天功の光と影のテーマはとても楽しみでありました。

1977年開催された日本奇術協会創立40周年記念公演は龍光は会長として挨拶、天功はトリで鳩出しの演技を行いました。その終演後、天功は何故か自分の車で龍光を送るといい、その車内で執拗に奇術協会の会長職を自分に譲れと迫ったと言います。その時は「エー」「はぁ」を龍光は繰り返したそうです。

天洋が松旭斎一門で独占し不健全な体制で分裂とまでなった奇術協会が40周年まで継続し、プロ奇術師団体として広く発展して来たのは、龍光が(大してなりたくもなかった)会長職を続けて来たからと云っても過言ではありません。「天功はなぜ俺が会長になったのかを理解していない」と龍光は怒っていたといいます。

また、1971年の天覧奇術の際、龍光の後に出演した天功が、後に「アダチ龍光は俺の前座で出演した」と発言したり、1972年の勲五等双光旭日章 叙勲 の際には「年を取ったからもらったんだ」と、天功の困ったちゃん発言も明らかにされます。最後まで埋まることのなかったと思われる龍光と天功の間の溝のわけも、第1章からここまで読み進めることでより深く理解出来ました。
それでもなんだかこのふたりはホント魅力的なんだなぁ。

本章の冒頭でも語られ、私が藤山氏からお話をお伺いして強烈な印象を受けたエピソードが、1982年に亡くなった龍光の通夜に駆けつけた立川談志の話です。

何かに取り憑かれたように一点を見つめ、龍光の芸に関して、芸の凄みに関して1時間以上語り続けたと言います。また、その時頻繁に龍光を「名人」と称したそうです。

「芸の凄み」や「名人」という言葉が正直あまり似合わないような気がする龍光さんですが、「芸とは諦めること」というキーワードから少しだけその意味が理解出来た気がします。

そもそも単なる話が面白い奇術師だったら昭和天皇がその演技を見たいとか、勲章あげようなんて思うはずないですものね。


あ、この章で1点だけご指摘を。
龍光の生い立ちに触れる「弁士を目指してなぜかマジシャンに弟子入り」(P93)に、「昭和28年から29年頃、阿達家の庭で」というキャプションで写真が掲載されています(この写真)。

文脈から龍光の生まれた多宝寺での集合写真とも読めますが、厳密には、

「昭和28年から29年頃、福島県は会津の東長原にある昭和電工株式会社 東長原工場の従業員・家族慰安会に出演し、腹違いの妹である阿達トキの家に宿泊。写真はその時阿達家の庭で撮影。 」

であります。
私のばあちゃん(最前列の左から2番目)、じいちゃんに父親(最前列の一番左)も写っています。

そんなわけでそんなわけで、書き始めたらきりがないのですが、改めまして、これはアダチ龍光バイオの決定版であります。

師匠の木村マリニー、そのルーツの奇術師マックス・マリニーに関しても深く言及がされ、龍光の芸の形成の核も見えてくるのです。

いやいや止まらない止まらない。とにかく読んでみてください。手品好きに限らず、きっと響くものがあるはずです。

少し乱暴な文章ではありますが、第3章「『芸とは諦めること』トークマジックの名人、アダチ龍光」雑感でありました。


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