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2004年10月24日

お見舞い申し上げます。

今回の地震にて被害に遭われた皆様、その親戚、知人の皆様にお見舞い申し上げます。

昨日、私の実家の福島県の会津地方でも被害が出ているという報道を聞き、慌てて実家に電話するものの誰も出ず、一瞬ヒヤリとしました。

父親の携帯電話にて無事を確認。大きな揺れが何度かあったものの、特に被害はなかったとか。

丁度2週間前、父親の定年お疲れ様旅行で、私をのぞく実家の家族3人で新潟旅行に出掛けていました。「もし2週間ずらしていたら・・・」なんて話をしつつ、

 「実家の家族が無事ならOK?」「旅行が2週間前だったからOKか?」

と電話を切った後、モヤモヤしましたが、「自然の力の前では人間は無力だと感じました」と便利な言葉で片づけるしかないのが今の私です。

(報道は必要ですが)過剰し始めた様を見てテレビを消す。 少々思考停止。

2004年10月21日

【日替わり放出3】ロック裁判生ブラン音源

(現在、以下の音源配信は終了しております)

期間限定企画3日目最終回は、お馴染みの爆裂ロック2連ちゃんです!

●2004年10月16日 第4回ロック裁判
 於・三軒茶屋グレープフルーツムーン

 1.Fのブルース・・・アルバム「憧れと幻想」(いぬん堂)収録
 2.自戒ロック ・・・アルバム未収録

巨大MP3です。ダウンロードしてお楽しみ下さい。

是非コメント欄で叱咤激励ご意見ご感想をお聞かせいただけましたら幸いです。
何卒宜しくお願いいたします。

→ダウンロード (MP3 / 12.3MB)


お楽しみいただけましたでしょうか。お付き合いありがとうございました。
気が向いたらまたやります!

2004年10月09日

スタジオ缶詰

少したまった歌詞メモとメロ素材をまとめようと思い、昼過ぎから隣駅のスタジオで2時間缶詰。

しかし、わかっちゃいるけどダメな時はホントダメ。何ひとつ広がらず悶々悶々。終わり際に使えそうなメロ素材が浮かぶが、そこに乗っかる決定的な言葉が出て来ない、降りて来ない。
ああ悶々。

しかも行きも帰りも雨の降りが一番強い時間帯にぶつかりびしょびしょ。

ああ最悪。

まあこんな日もあるか。

スタジオ缶詰

少したまった歌詞メモとメロ素材をまとめようと思い、昼過ぎから隣駅のスタジオで2時間缶詰。

しかし、わかっちゃいるけどダメな時はホントダメ。何ひとつ広がらず悶々悶々。終わり際に使えそうなメロ素材が浮かぶが、そこに乗っかる決定的な言葉が出て来ない、降りて来ない。
ああ悶々。

しかも行きも帰りも雨の降りが一番強い時間帯にぶつかりびしょびしょ。

ああ最悪。

まあこんな日もあるか。

天覧奇術のカセットを探せ9

家に帰るとNHKのアナウンサーの「フルヤ様」から留守電が。

NHKのサイトをあたったら手品師の格好をしたフルヤアナウンサーを発見。
http://web.archive.org/web/20041009225557/www.nhk.or.jp/anq/bnumber4/bn1004.html

間違いなく古谷敏郎アナウンサーでしょう。

今回の企画のもともとの発起人だそうで、数時間後改めてお電話を頂戴し、長話。

天覧奇術にはアサダ氏以外の弟子、龍一、光一が同伴してステージに立っていたのは間違いなく、その際、龍一がカセットを回してしたと。それが今回探しているカセットとなるわけです。

以前も書きましたが、天覧奇術の映像には確かに龍光の後ろに2人のアシスタントが映っておりまして、それが龍一、光一であったわけです。

こちらも以前書いた、龍一さんが亡くなっているかは不確かな情報でした。
光一さんは手品師を辞めて音信不通だとか。

カセットに関して。
本人があれだけ喜んでいた天覧奇術です。火葬の際にお棺の中に一緒に入れられたのではないかと云う説も。うん確かに一理あります。


また、
「めくらます/手品の世界(芸双書4)」
南博 永井啓夫 小沢昭一編 (白水社刊/1981.6.10初版)

という本に立川談志と龍光さんの例の3時間対談テープの一部が文字おこしされ収録されているという話を聞き、電話の後、早速「日本の古本屋」
http://www.kosho.or.jp/servlet/top
で見つけ発注。

また「龍光さんの写真を探している」との話を聞きました。
当然、私が「どうぞ自由に使って下さい」という写真は持ってないですが、借りれそうな思い当たる節を電話の後、メールでまとめて送りました。

うわぁ、何だか番組が完成に向かってますねぇ。
(つづく/2004.10.9.)

2004年10月08日

大宅壮一文庫から龍光さん関連記事届く

とても数時間では、まとめきれません。
知らなかったこと多数でわくわく。

ひとまず年代順に記事を整理。
初めて知ったエピソードを途中まで書き出しました。

●1966年8月21日 アサヒ芸能
吉行淳之介対談 連載47
タネも仕掛けも変わります
奇術の客寄せ戦術あの手この手で50年
※住所・・・・北区中十条3の20の記載


(1971年・・・天覧奇術)


●1973年5月3日 週刊大衆
男の履歴書5
買った女が一千人 手品氏・アダチ龍光


●1973年 婦人公論
私自身のタネあかし
※木村マリーニ一座、4〜5人で奇術だけの興行。樺太、朝鮮、台湾にも。1回旅に出ると1年は掛かった。
※結婚は30歳の時。


●1973年12月 潮
奇術、漫才、講談の世界の哀歓


●1974年1月 噂
うわさの検問所22
天皇までダマした手品師
ホスト
玉川一郎
近藤日出造
ゲスト
アダチ竜光
※木村春夫=本名 荘七、木村荘八の兄弟。
※役者時代、北海道に2年。1日仕事すると55銭。120円貯める。小樽の洋服屋で紺サージの三ツ揃いを55円で購入。靴からワイシャツ、カバンを揃える。一度実家に帰り、大阪の木村マリーニのもとへへ。しかしもう弁士をやめてた。「」
※木村マリーニ後に奇術をやめ、写真屋に。龍光もアルバイト。


●1974年4月27月 女性自身
ジャンボ企画 2
天皇、大いに笑う!
司会 橋本明
出席者
 三遊亭円生
 引田天功
 宝井馬琴
 アダチ竜光


●1974年6月27日 アサヒ芸能
幽霊大百科
コメント・・・下半身のない父の霊


●1974年7月20日 週刊読売
連載32 ぐうたら先生 冒険 熱血 激烈 対談
タネわかって奇術見ててもまた迫力あるもの
 →遠藤周作 「ぐうたら対談」の元


●1975年3月 小説サンデー毎日
苦心研究研究苦心対談
右か左か時計からパン
ホスト 吉行淳之介
ゲスト アダチ龍光
→「躁鬱対談」の元


●1976年9月23日 アサヒ芸能
芸と人 型破り人生
若いころには女郎とバクチ
アダチ竜光80年の粋な手さばき


●1977年1月13日 アサヒ芸能
極付「好色の女」大特集 コメント


●1977年6月21日 週刊漫画サンデー
近藤日出造・杉浦幸雄の歩く座談会・・・398
今週のゲスト アダチ竜光
これが本当にモテたというもの


●1978年1月 新評
人間模様・喜劇人たち
アダチ龍光・八十一歳・現役
「手が震えぬうちは舞台に立ちます」
※お宅は東久留米駅からほんの一、ニ分のところにある。駅前商店街の真裏。ここに越してきて11年。
※せっかちにエコーを吸っている
※父親は寺を継がせるつもりは無かった。継ぐつもりもなかった。
※上京時は会津を経由した。姉が金を工面した。会津で銀の時計を買った。
一度実家に戻り鉄道学校に行くため上京したのはこの後。
※役者時代、友人の女形、木村春夫に活動弁士になりたいと相談。春夫の兄貴が大阪千日前の映画館、敷島クラブで主任弁士をしていた木村紅葉。紹介状を書いてもらった。それが大正8年か9年。
※役者時代、北海道に2年。1日仕事すると55銭。120円貯める。
※木村紅葉、荘六(マリーニ)と名を変えて弁士をやめ、魔術の道へ。
※1〜2ヶ月稽古して、浜松の歌舞伎座で初興行。
※それから2〜3ヶ月で、月給35円
※7年木村の元で弟子をした後、東京の深川常盤亭の席亭が元締めの東西会(東京の芸人と大阪の芸人合同の組織)に入る。当時26歳。客に受けすぎて10日でクビ。
※木村とともに台湾、地方巡業。
※最初の芸名は、アダチ荘一(荘六の一番弟子)。後に高峰筑風(高峰三枝子の父)が「それは売れる名前ではない」と龍光と名づける。
※地方仕事が少なくなり、大阪の吉本興行に所属。のんき節の石田一松と大阪、京都、神戸、四国などを巡業。
※1928年に吉本で音曲をやっていた芸名、国野愛子と結婚。しばらく共稼ぎ。
※大卒の月給が50円の時代に給料100円。余興で30円、吉本と折半。
※1944年空襲で家を焼かれ郷里に疎開。村役場で戸籍主任。月給65円。
※石田一松が代議士に。終戦当時、東京への転入が難しかった。石田が手を回し、三木元首相在籍の「国民協同党」の党員という名目で上京。
※1945年から落語協会に所属。人手が足りないと寄席に駆りだされる。当時円生、志ん生はまだ満州から復員してなかった。しかし当時は客入りに応じたギャラ制度。3日で10円ということも。


(1978年・・・脳出血で倒れる)
(1982年10月23日午前8時15分・・・・没 急性心不全)

●1982年10月26日 週刊平凡
チョビひげの奇術名人
アダチ竜光さん大往生

●1997年12月13日 週刊現代
談志百選第6回
アダチ龍光

(2004.10.8.)

2004年10月05日

天覧奇術のカセットを探せ8

昨日、NHKディレクター氏から、龍光さんの墓のある浅草の萬隆寺への取材報告を聞き、複雑混迷極まりない状況にかなりへこむ。
「この件に関して深入りするのはやめるべきなのでは」という気持ちに。

私の祖母が「龍光は晩年悪いのにつかまった」「晩年は不幸だった」と云っていたと父親を通じて聞いていた意味が少しわかった気が。いやいやまだまだわからないことが多すぎるのですが。

さて、先ほど龍光さんの実家の多宝寺の住職の阿達真任(まさと)さんとお話をさせていただきました。

改めまして整理いたしますと多宝寺の歴代住職は

 1.龍光さんの弟(故人)
 ↓
 2.ケンスケさん(故人)・・・奥さんは健在
 ↓
 3.真任さん

となります。

私から
 ・アダチ龍光さんについて話が聞きたい
 ・天覧奇術のカセットの所在を知りたい
 ・中川家の連絡先を知りたい
 ・正月にNHKで取り上げる
と意図をお伝えいたしますと開口一番

「いやぁ、正直私は良く知らないのです」

というお言葉。また突然の遠〜い親戚筋を名乗る男からの電話で、初めはとても怪しんだことでしょうが、色々とお話を聞かせていただきました。

龍光さんが、実家に帰ることは本当にまれだったらしく、母校である鹿瀬小学校100周年記念で帰郷した75年5月が最後ではないかということです。真任さんは当時高校生で「酒盛りをしていたことを漠然と覚えている」とのお話でした。

その辺の話は地方紙「新潟新報」2004年6月20日の連載「幕下りるとき」の龍光さん特集でも真任さんが取材に答え、書いてあります。

>記念式典に出席、トランプ奇術などを披露した。
>実家に泊まり、「おやじと一緒に喜ん
>で、ねじりはちまきで肩を組んで飲んでた」

というエピソードも掲載されています。

「『新潟新報』の記事も読みましたよ」

と言う話をしていると。。。

「で、もう一度貴方が誰だか説明してくれない?」

と言われ、

「あ、はい、龍光さんの腹違いの妹の、会津の広田の阿達トキの孫です」

「ああ、トキさんね。はいはい。なるほどなるほど。で、何で貴方が龍光さんについて調べてるの?」

「いや、手品好きで。で、身内に龍光さんがいることを数年前思い出して、それから色々調べるようになりました」

「で、貴方はNHKの人なの?」

「いえ、違います。」

「何で貴方がNHKの協力をしてるの?」

「龍光さんについて調べたことをインターネットに書いているのですが、それをNHKのディレクターさんがご覧いただいて、連絡をいただいたのです。私も興味がとてもあるので、出来る範囲で調べています」

「ああ!ひょっとしてそれがあんたか!!」

「へ??」

前述の「新潟新報」から真任さんが取材を受けた際、記者さんが、龍光さんについて事細かに書かれたWebサイトのプリントアウトを持ってきて、

「アダチ某という人が龍光さんについて調べてインターネットで書いているが知っているか」

と聞かれたそうです。紛れもなく私・・・その「新潟新報」をオークションで高い金出して買っている私・・・。大笑いです。

そんな感じで、この辺りから少しずつざっくばらんにお話していただけるようになった気がいたします。

「じゃ、貴方も阿達なんだよな」

「もちろんです」

「血も繋がっているんだよな、へぇ〜」

なんてな会話も。


さて、本題に戻ります。

龍光さんの葬儀には、父親のケンスケさん(故人)が参列したそうで、しかし「それ以降中川家とは音信不通。遺品といったものも一切残ってない」

というお話でした。

龍光さんが多宝寺に遺したモノと云えば晩年「子供向け奇術25種」というおもちゃを発売し、大儲けして実家に寄贈した釣り鐘くらいだそうです。これは以前にも書きました。
http://www.tonreco.com/ryukou/10.htm


例の「おもいっきりテレビ」の「今日は何の日」で龍光さんの命日を取り上げた際も真任さんが取材を受けたそうで、「丸一日色んなところを案内して、お昼まで御馳走して、どっちが取材してんだかわからなかったよ」なんてことも仰っておりました。

今回取り上げる「物知り一夜漬け」という番組を真任さんはご存じで
「それは楽しみです。カセットが出てくると良いですね。頑張って下さい」
と仰っていただけました。そんな住職のお言葉にジーンと来ました。

また最後に

「是非これを機に今後とも宜しくお願いいたします。一度お伺いさせて下さい」

とお伝えして、電話を切りました。うん、電話して良かった。

また、これはメモとして・・。
龍光さんの奥さんは屋恵子さん(新潟新報の記事より)というお名前、、養女は真任さんの記憶では(少々曖昧なご様子でしたが)「しげ」というお名前だそうです。

カセット最後の望みははやはり中川家か。。。

NHKディレクター氏からメール。

「龍光さんのお墓のある萬隆寺から聞いた中川さんへ何度も電話をしているが全く繋がりません。もし繋がっても期待薄ですが、とにかく一度、話をしたいところです。」

とのこと。

何か手掛かりが出てくることを期待してしてますが、あの複雑な人間関係から察すると遺品が出てくる可能性は微妙でしょうか・・・。

しかし・・・。
一般人の死ならいざ知らず、それだけの有名人の死です。
カセットのみならず、手品の道具などの遺品が、果たして全く訳の分からないところに消えてしまうなんてことがあるのでしょうか。

この点の不可思議さがすごく気になってきました。

多宝寺の真任住職は「奇術協会にないのかい?」と仰ってました。
でも、もしそうだったとしたら、ディレクターさんが取材しているお弟子さんのアサダ二世さんが知らない訳がないよなぁ。


でも住職のご意見も一理あるよなぁ。


さて。
大宅荘一文庫より見積がFAXが届く。
40枚を超えるコピー、つまり見開きで80数頁というなかなかのボリューム。しかし価格は5千円ちょいと思ったほど高くなく、オンラインで即入金処理。何か新しいエピソードが見つかると良いのだけれど・・。

(つづく/2004.10.5.)

2004年10月04日

めくらますが来た

数日前届いた

 芸双書4 めくらます−手品の世界−
 編者/南博、永井啓夫、小沢昭一
 (白水社) 1981年刊

を読む。

例の、立川談志が龍光さんのバイオグラフィーを聞き出した3時間テープの一部文字興しが収録

されているのです。

先日NHKの古谷アナウンサーから教えていただいた1冊です。

談志と龍光、とても親密な関係だった2人です。
鰻屋でざっくばらんに話をしている感じが伝わってくるのです。

新潟のお寺で生まれて、車掌に憧れて東京に出てきて、女形の役者やって、活弁師になろうと大阪に行ったら師匠が手品師に転身してて、自分もその道を志すことにした。

といったお馴染みのエピソードも、微に入り細に入りで、これが面白い。

(龍光さんは大正10年と言ってますが)大正11年に上野で開かれた平和紀念東京博覧会
http://www.tanken.com/heiwakinen.html
で、「アイヌの熊祭りや実写映画の説明員をした」なんてエピソードが出てきたりしてぐっと来ました。

天覧奇術に関しての言及は、掲載されていないのが残念。

また先日大宅荘一文庫から取り寄せさせていただいた雑誌「新評」の1978年1月「人間模様・喜劇人たち アダチ龍光・八十一歳・現役」も龍光が語るバイオグラフィーとして詳細度が非常に高かったのです。

この2つの内容を合わせてまとめれば、アダチ龍光の生涯を時系列に沿ってかなり細かくまとめることが出来そうです。

そんなこんなでお陰様で「アダチ龍光さんのこと」
http://www.tonreco.com/ryukou/
を書き始めた2年前から比べると、信じられないくらい龍光さんのことが色々わかって来ました。

まだ内容をまとめきれていないネタや資料はこのページ
http://www.tonreco.com/ryukou/bunken.htm
だったり、ここ1ヶ月の「天覧奇術のカセットを探せ」シリーズでメモって来ました。

嗚呼、まとめたい、整理したい!

誰に頼まれている訳でもないのにねぇ。
一体私は何に突き動かされているのだろうか。。。

でもやりますよ!近い内に。


最後に。
「めくらます」は、手品、奇術の歴史、証言などなど資料満載の名仕事。元祖セクシーマジシャン初代松旭斎天勝の写真から始まり、初代引田天功の奇術論、マギー司郎にも触れられた充実の1冊であります。

2004年10月03日

天覧奇術のカセットを探せ7

ここ数日の動きを。
遁レコアダチ龍光特別取材班の独自調査により、大宅壮一文庫
http://www.oya-bunko.or.jp/
保有雑誌に1966年〜1997年の龍光さん関連記事16件が見つかりました。遁レコ保有のものを除き15件の入手手配をいたしました。

特に1973〜4年に記事が集中しており、天覧奇術に関する新しいエピソードが見つかればと期待しております。


またNHKディレクター氏より、

「龍光さんの葬儀が行われ、お墓もあるという寺が○○にあることが分かりました。
●●●寺です。tel.0×3−3×4×−5×0×
明日、電話してみます。」

との連絡(それっぽく遁レコ一部伏字)。

龍光さんの墓ということは中川家の墓。お寺からお墓の現在の管理人を聞き出せば、中川家の情報が確実につかめるではないですか!

うぉ〜!これはすごい進展!


また、NHKディレクター氏に確認したところ、「アサダ二世さんの話で、龍光さんの養子はやはり女性」でした。

さぁさぁいよいよクライマックスか!?

(つづく/2004.10.3.)

2004年10月02日

本日のアップは

(現在音源配信は終了しております)

僕をしばらく眠らせて(MP3/4.8MB)
ムレムラ(MP3/3.9MB)

過去のアップは・・・。
自戒ロック(MP3/3.3MB)
コントロール操作(MP3/5.7MB)
歪んでる(MP3/3.3MB)

すべて先日のロック裁判音源がソースです。

2004年10月01日

ガンガンミックスしていきます。

(現在、以下の音源配信は終了しております)

胸くそ悪いぜ、水が合わないぜ。
輪を作って、敵を決めて、仲良しこよしでせいぜい守れ安全な場所。
で、それでお前らは満足か?安心か?


さて。
引き続きブランの最近の楽曲からアップしていきます。

コントロール操作(MP3/5.7MB)

歪んでる(MP3/3.3MB)


過去のアップは・・・。
自戒ロック(MP3/3.3MB)

すべて先日のロック裁判音源がソースです。